女性アスリートとしての最高年収、その額まさに6000万ドル。男女を通しても12位につけたのは、女性の史上最高位である。彼女を支持するスポンサーは実に20社。社会問題にも発言を繰り返す型破りなアスリートは、なぜかくも企業を引きつけるのか。
全米オープンでセリーナ・ウィリアムズを下し、劇的な優勝を飾って世界のひのき舞台に躍り出てから3年がたつ。23歳になった大坂なおみは、自分以外の誰のルールにも従うつもりがないことを、すでに身をもって示している。
今年の5月末、大坂は自身のメンタルヘルスを守るために、全仏オープンで出席が義務付けられているメディア会見を拒否した。その代価は1万5000ドルの罰金だった。大坂は大会を棄権することにした。
この衝撃的な決断のおよそ9カ月前、彼女は、ジェイコブ・ブレイクが警官に撃たれた事件に抗議してウエスタン&サザン・オープンを棄権する意向を表明した。その後も、人種差別主義者の暴力や警官の非道な扱いの犠牲となった黒人被害者の名前を記したマスクを、全米オープンの期間中ずっと着用し続けた。
アスリートがこのような立場を取ると、企業スポンサーは一目散に逃げだしかねない。だが、大坂の場合はそうはならないようだ。このスター選手は、12カ月間で6000万ドル(そのうち5500万ドルは広告収入)を稼いでいる。しかも、それは昨年、自分自身が打ち立てたばかりの3700万ドルという女性アスリートの収入の最高額を粉砕したうえでのことだ。
この6000万ドルという金額によって、大坂はフォーブスの「世界で最も稼ぐアスリート50人」の12位に入った。これはゴルフのタイガー・ウッズと同位で、ノバク・ジョコビッチやラファエル・ナダルといった男子テニスのスター選手をはるかに上回る順位であり、昨年の29位からすればとんでもない躍進だ。
このたびの騒動の詳細をみておくと、大坂が全仏オープンを辞退するに至った論争が始まったのは、今年5月末のことだ。大坂がSNSで、自らの自信とメンタルヘルスを守るために、大会中の記者会見に出席しない旨を発表したことがきっかけだった。フランステニス連盟は、大坂の最初の記者会見の欠席に対して罰金を科し、大会から追放することも辞さないと脅しをかけた。これを受け、世界ランキング2位の大坂は、大会を棄権することを選び、うつ病と不安を経験してきたことを明かした。
ほとんどのプロのテニス選手の場合、けがや公の場での抗議行動によって、しばらくテレビに登場できなくなれば、実際に収入が減りかねない。スポンサーが一流選手に大金を支払うのは、彼らが主要大会で上位に勝ち残り、自社ロゴの放映時間がたっぷり取れることを見込んでいるからだ。
しかし、大坂はそんじょそこらのプロテニス選手ではない。若く、2つの文化を併せ持ち──母親は日本人で父親はハイチ系アメリカ人だ──社会正義の問題を積極的に訴えるようになる前から、クールな要素とグローバルな魅力を備えていると見なされていた。大坂はスポーツマーケティングの象徴となったのだ。
その結果、大坂の広告契約には、テニス界では大半の契約に見られるような、プレイ時間が限られる場合は契約料を下げるという条項が盛り込まれていない。それどころか、一部のファンがSNS上で大坂を激しく非難している状況にあっても、大手スポンサーの多くは、すでに彼女の擁護に立ち上がっている。
ナイキはすかさず声明を出し、「私たちの思いは、なおみと共にあります。当社は彼女を支持するとともに、メンタルヘルスにかかわる自分の経験を打ち明けたその勇気をたたえます」と述べた。リーバイス、日産、日清食品、タグ・ホイヤーなどのブランドも、大坂を支持する同様の声明を出している。サラダ専門店のスイートグリーンやマスターカード、ビーツ・エレクトロニクスはSNS上で大坂の肩をもった。
昨夏の時点ですでに15の広告パートナーと契約していた大坂だが、この1年でその数は20以上に膨れ上がった。グーグルやルイ・ヴィトンも、最近、そのリストに加わっている。
スポンサー契約のラインナップで大坂と並ぶ人物は、スポーツ界にはほとんどいない。この12カ月で大坂を上回る広告収入を稼いだのは、プロテニスのロジャー・フェデラー、プロバスケットボールのレブロン・ジェームズ、そしてタイガー・ウッズだけだ。
この事実が示しているのは、いかに大坂がSNS上で批判されていても、彼女の躍進はまだその“とば口”に立ったにすぎないということだ。「大坂というブランドへの打撃はまったくないでしょうね」と、ベテランのマーケティングコンサルタントで、コロンビア大学の講師でもあるジョー・ファボリートは話す。
メンタルヘルスの問題は、近年、スポーツ界でより広く関心を集めるようになっており、NBAのケビン・ラブや競泳のマイケル・フェルプスなど、多くのスター選手が個人的体験を打ち明けている。
スポーツマーケティングのコンサルティング会社を営むビル・サットンはこう考えている。大坂はパンデミックによるロックダウンを受けて新たに注目度が高まっているメンタルの問題について包み隠さずに語った。そのことによって、メンタルヘルス分野のスポンサー候補の興味を引く可能性がある。
大坂が社会問題について自分の意見を述べていることについても、同じことが言える。
「ブランドにとって社会問題への意識は、1、2年前までは6番目か7番目に重要なテーマでした。それがいまでは、1番あるいは2番目に重要になっています」と、前出のファボリートは言う。
大坂が東京オリンピックに出るか出ないかにかかわらず、彼女のコート上での活躍と、収益性の高い日本市場における地位があれば──その若さと人柄は言うまでもないが──大坂は今後もスポーツ界で最も売れるスターのひとりであり続けるだろう。
「アスリートとしてもブランド大使としても、大坂の全盛期はまだこれからです」とファボリートは言う。
「彼女が望み通りの心の健康を得て、今回の一件を切り抜けることができれば、それは素晴らしい復活の物語になります。そしてスポーツにおいて、復活劇ほど私たちが好きなものはありません」